俺が働きもしないでダラダラと過ごしていた10年ほど前、ばあちゃんが入院した。
ばあちゃんは俺の家から歩いて数分のところにじいちゃんと住んでいた。
でも、なんとなく顔を出すのも照れくさく、5年いや10年以上も顔を見せていなかった。
病気の容体があまり良くない事は母から聞いていたのだが、お見舞いに行っても、何を話していいのかも解らないし、お見舞いに行くのをズルズルと引き伸ばしていた。
それを母親に怒られ、強引に連れられ、母親と一緒に病室に見舞いに行った。確か10年ぶりぐらいに会った んだと思う。
「ああ、○○(俺の名前)大きくなったなあ」
とばあちゃん。
俺は何と言っていいのかもわからないし、近くに住んでいるのに『大きくなったなあ』って言われるのも何だか違和感を感じていた。
何より20歳を越えた人間にそんな事を言うばあちゃんに当惑した。
何を言って良いのか、長いブランクで何を話していいのかも解らなかった。
たいした事も言えずにその場の空気を苦痛に感じて、俺は色々と世話を焼く母親を残して、5分ぐらいで病室を出てしまった。
帰ろうとする俺をばあちゃんが呼び止めて
「○○、よく来てくれたなあ。こづかいやるから待ってろ」
と言い、ガマ口を出した。
俺は
「いいってばあちゃん」
と断ったが、半ば無理やりに俺にこづかいをくれた。
ばあちゃんは500円玉を俺に手渡した。ばあちゃんの体温でやたらと生暖かくなっていた。
俺は『昔、よくばあちゃんに、こんな生暖かい100円玉を貰ってアイスとか買いに行ったな』と思った。
一人、その500円玉を握り、暗くなった病院から出た。
『ばあちゃん、20歳過ぎた孫に500円の小遣いは無いよなあ…ばあちゃん、俺が何歳だか解ってたの かな?まぁ、だいぶ会ってなかったから、解らないのも無理無いか…でも500円…子供じゃないんだから…』
と思い、なんとなく自分のサイフにその500円玉を入れられずにずっと握りながら帰った。
そんな事をずっと考えながら、暗い道を家まで帰った。
知らない間に、ボロボロ泣いていた。
ばあちゃんは退院することなく亡くなった。
今でも無駄使いしそうになると、あの500円の生暖かさを思い出す。